【作詞入門】アイドル曲の歌詞の作り方。ご当地アイドル編
ご当地アイドルにもいくつかタイプがあり大きく分ければ、属する都道府県や市町村などの地域に根付いた活動をするタイプと、ご当地とは言いながらも全国区デビューを夢見て活動するタイプに分けられるでしょうか。
少ない予算や、限られたスケジュールの中で活動するには肉体的、精神的にキツイものがありメンバーが変わらずに何年も活動できるのは稀です。
今回は、そんなご当地アイドルの「ともすれば埋もれてしまうかもしれない名曲」の歌詞にスポットを当ててみました。
もくじ
お手本神曲:SPATIO|Bon Voyage
作詞はひぐらしひなつさんです。
オーソドックスさの中に
SPATIO(スパティオ)は大分県を拠点に活動するアイドルです。
奇のてらいのないシンプルな曲構成「1番A-B-サビ、2番A-B-サビ、C-サビ」です。
サビは歌詞が全て違う丁寧な作り。
サビの歌詞を全て変えるのは作詞家にとっては一つの挑戦だといつも感じています。
曲名「Bon Voyage」とはフランス語で「元気で行ってらっしゃい(良い旅を)」のこと。
頭サビから始まるこの曲、頭サビはある意味初めから種明かしをしている感覚があります。
最大の見せ場を先にさらして、曲の輪郭をAメロなりBメロなりにつなげていくのですから。
「明日の心が笑うなら 迷いは蹴飛ばしてやるだけさ」
「明日の心」の措辞がすてきに響くAメロの出だし、一見不器用な表現ですが、そこに抑えても抑え切れない熱を感じます。
オーソドックスな言葉群が曲を邪魔していないです。
素直な表現
「走り出すんだ 雲の向こうまで 追い風に翼広げ」
飾り気のない正直な文字がつながってメロディーラインを追い掛けます。
さわやかなフレーズに軌跡や光帯を見届けるかのようです。
歌詞の傾向の1つとして、異次元系単語(精神世界や輪廻の世界)が流行っている中、この曲はいちいち意味に立ち止まる事のない素直な言葉のみによって構成されています。
どの単語も重からず軽ろからずの言葉たちではないでしょうか。
「追い風に翼広げ」の倒置も嫌みなく、その先に続くグループの目標らしきものを夢想してしまいます。
この後サビに入るのですが、ここに入るサビ前専門コール「イエッタイガー」は最高に気持ちがいいです。
計算づくでない場所に入るコールは時に最高の伴奏です。
「喜びはいつだって 冒険を乗り越え つかむもの」
とても前向きな歌詞に擦れた感がありません。
喜び→冒険→つかむもの、数分前の香水が薄い残り香をひくかのような連想、無理のない流れはとても清々しいです。
思い入れと一般性のバランス
「~のような(だ)」の言葉を使う例えを直喩(ちょくゆ)と言います。
この曲には、その持って回ったような例えがほとんどありません。
言葉に作者の思い込みの様な変な湿り気がない。
言葉の持つ原初性というのでしょうか、その言葉の意味本来の語感や響きを大切にしている歌詞です。
「回りくどい歌詞」の対極にある素直な歌詞です。
2番のサビもかっこいいです。
「雨の降る夜も 高鳴るまま 止まらない鼓動という情熱が いま動き出す」
極力、抽象的な表現を回避しているように読めます。
とかく作詞に熱中し出すと自分の中の言葉のエッセンスを込め尽して表現したくなりますので、それには注意が必要です。
言葉との距離感の把握がおかしくなると、一般的には通用しない狭いターゲット層の歌詞になってしまいますので。
最後に、必ずしも何かが定義されている訳でもない「ご当地」を名乗るのは、他地域からそっぽ向かれるかも……という不利要素もあります。
しかしながらこの「Bon Voyage」を高いパフォーマンスで歌いこなせるなら、SPATIOほど可能性を持ったご当地アイドルは他にいないと思います。
お手本神曲:Dorothy Little Happy|デモサヨナラ
作詞は坂本サトルさんです。
ご当地筆頭としての楽曲
Dorothy Little Happy(ドロシーリトルハッピー)は言わずと知れた宮城県のご当地アイドルから始まり、今や全国区のアイドルとなったグループです。
そのDorothy Little Happy(以下ドロシー)が長年歌い続けているのがこの「デモサヨナラ」です。
ドロシーは全ての楽曲の評価が高く「楽曲派」と呼ばれる言葉さえ作ってしまったほどです。
始めてこの曲を聴いた時「ご当地アイドルにこんなにいいのがあるのか」と衝撃を受けました。
国民的アイドルが歌っていたら時代を象徴するメガスマッシュヒットとなっていたことでしょう。
「今日で最後の制服が 花束に囲まれている」
無垢(むく)な卒業のシーンです。
作詞、作曲が坂本サトルさんなので、作曲しながら作詞(またはその逆)しているので譜割りに息苦しさがないように思えます。
散文がそのまま音符をまとったじつに美しいフレーズです。
どこにでもありそうな景色、場面を一流の歌にしている所が技であり業(わざ)なのでしょう。
音符に強引に言葉を落とし込んでいる箇所が無い、これは作詞にとって大切な事だと思います。
散文から出発
散文のキーワードが出てきました。
作詞する時のコツの一つとして、散文で書いて助詞や助動詞、他を外すというのがあります。
この「デモサヨナラ」の歌詞でいうと
- 〈元散文〉私はききわけの良い子になんて今はとてもなれそうにないのよ
- 〈歌 詞〉ききわけの良い子なんて 今はなれそうにないの
です。
別の散文で考えてみましょう。
何とはなしに夏の思い出を書きます。
- 〈元散文〉この夏にあなたと行った海の事を私は多分一生忘れないでしょう。
- 〈歌 詞〉あなたと行った海 一生忘れない
チューブの曲にありそうなワンフレーズになりましたね。
助詞や助動詞は事細かに意味を伝えるのを補助する品詞ですが、助詞に溺れず、助動詞にもたれずと、その取捨は大切です。
思いだけの歌詞として
サビの部分です。
「好きよ好きよ 今まで会った誰よりずっと 好きよ好きよ あの日のまま」
想像でしかないのですが、このサビはもっと文字数が多かったのではないかなと思いました。
作詞家なりの「つきつめ」がこの形に収めたのだと思います。
歌詞は「遠距離恋愛の始まりに揺れる女の子の気持ち」ただそれだけです。
ただそれだけなのですが心をぐっと持って行かれます。
文字数の少なさも関係しています。
文語、雅語(がこ)の類を入れない、余計なものが一切無いのです。
「寂しいの寂しいの いつか私を迎えに来てね」
思いだけ、そして無欲です。
歌詞には細かな状況説明はいらないのだと教えてもらった歌です。
おしゃべりが過ぎると歌詞は説明だらけになります。
出来上がった歌詞を半分の量の活字にしてみましょう。
また違った歌が生まれるかもしれません。
ライタープロフィール
アイドル作詞家・俳人
瀧乃涙pin句
何のツテもないまま作詞を開始。
数年後、文化放送ラジオドラマ主題歌『全身全霊Open Now!』song byガールズジョッキーまでたどりつく。
SPATIO『泣きそう』『レジスタンスガール』、SPATIO kids『温泉サンバ』、ナナエ『シューティングスター』『恋の話しよ!』他、ご当地アイドル、地下アイドルに歌詞を提供中。
週末はもっぱらアイドルを追い掛けている。
Twitter:t_pink_t