レコーディングにおける位相差とは?解消方法はあるの?
マイクを2本以上立ててレコーディングする場合に問題になってくるのが「位相」です。
レコーディング関連の記事ではよく見かける言葉ですが、イマイチわかっていないという方も多いのではないでしょうか。
そこで今回は、レコーディングの際に起きる位相の問題を、具体例を挙げて解説していきます。
なお、今回はスネアドラムを録音していますが、位相というのは楽器の種類に関わらず、複数のマイクを立てる際には必ず気をつけなければなりません。
参考動画
今回の記事は、こちらの動画をベースに解説を進めていきます。
このあと記事内に登場する、秒数が書いているところをクリックすれば、該当の位置から動画を再生できますよ!
方向による位相差
スネアにマイクを立てる場合、トップとボトムに計2本のマイクを立てることが多いです。
この際に問題になってくるのが、方向による位相差です。
マイクというのはそもそも、空気の振動を拾って電気信号に変える機械です。
ひとつの音源に対して上と下という真逆の方向からマイクを立てているということは、空気の振動も真逆になっているわけです。
ということは、収録された波形も真逆になります。
スネアトップとスネアボトムではプラスマイナスが逆になっていますね。
これを「位相の極性が逆になっている」とか、単純に「逆相」とか言います。
実際に動画で音を聴いてみましょう。
トップにボトムを足すと、むしろ音が薄くなっているのがわかるかと思います(0:19〜)。
ぼやけたような貧弱な音ですね。
これは、波形のプラスとマイナスが音を打ち消しあったからです。
この解決に使われるのが「フェイズスイッチ」です。
これは位相の極性を反転させるスイッチで、大抵のマイクプリやミキサーには装備されています。
「Ø」の記号で表されることが多いです。
これをボトム側にだけかけてプラスマイナスを反転させ、つじつまを合わせてやるわけです。
今回の動画では、Pro Tools標準プラグインである「Trim」にフェイズスイッチが装備されているので、それを使っています。
フェイズスイッチ有の状態でボトムを足すと、素直なスネアの音になったのがわかるかと思います(0:35〜)。
距離による位相差
なぜ距離が違えば位相差が生まれるのか?
もうひとつが距離による位相差ですが、まずは「音速」についてお話ししておかなければいけません。
音にも速度があるのはご存じでしょうか?
花火や雷などは、目に見えてから音が聞こえるのにタイムラグがありますよね。
これは、音が到達するのに時間がかかっている証拠です。
音速は以下の式で求められます。
- 音速(m/秒)=331.5+0.6×気温(℃)
たとえば気温が15℃であれば、331.5+0.6×15℃で、音速は340.5m/秒となります。
1秒間に約340m進む速度というわけですね。
ということは、目の前のマイクと340m離れたマイクとでは、後者は1秒遅れで記録されるということになります。
もちろん、さすがに340mも離れたマイクというのはレコーディングでは現実的ではありません。
ですが、近いマイクと遠いマイクでは、わずかとはいえ確かにタイムラグが生じているのです。
下の画像をご覧ください。
ドラムのレコーディングでは「オーバーヘッド」とか「オーバートップ」とか言って、ドラムセット全体の音を拾うために天井からもマイクを立てます。
今回はスネアの上60cm、100cm、140cmの位置にもマイクを立てたのですが、マイクの位置が遠くなればなるほど波形のスタート地点が後ろにある、つまり遅れて記録されているのが分かるかと思います。
波形を拡大して見てみたところ、上60cmのマイクは1.67msec遅れ、上100cmのマイクは2.83msec遅れ、上140cmのマイクは4.00msec遅れでした。
msecとは1000分の1秒を表す単位で、ミリセカンドとかミリセックと読みます。
このときの室温は約26℃でしたので、331.5 + 0.6 × 26℃で、音速は347.1m/秒です。
検算してみると、
- 1.67msec × 347.1 = 約58cm
- 2.83msec × 347.1 = 約98cm
- 4.00msec × 347.1 = 約139cm
になるので、おおよそ合っていますね。
「そんなmsec単位のわずかなズレで影響があるの?」と思われるかもしれませんが、これが深刻な問題となるのです。
距離による位相差はどのように解消するか
先ほどのトップとボトムの位相差は、基本的にフェイズスイッチで解決できます。
しかし、距離による位相差の場合はちょっとだけ事情が複雑なのです。
動画で音を聴いてみましょう。
上60cmのマイクを足した場合ですが、フェイズスイッチ無の場合も有の場合も、どちらも音が薄いと思いませんか(0:56〜)?
その理由は「位相のズレ具合」にあります。
単純な波形に置き換えて見てみましょう。
赤線で囲ったところがプラスとマイナスで打ち消し合ってますね。
もし、下の青色のトラックにフェイズスイッチをかけたとしても、
こうなります。
結局のところ打ち消し合うところは存在していますね。
フェイズスイッチを使っただけでは解決しない場合もあるということです。
では、その場合はどうすればいいのでしょう?
解決方法は、マイクの位置を変えることです。
たとえばマイクをもっと離して、上100cmの距離に置いてみるとどうでしょうか。
これも単純な波形でイメージしてみます。
マイクの距離を離せば、その分音の到達も遅くなります。
下の青色のトラックの音がさっきよりさらに遅れて記録され、ちょうど真逆になりました。
実際の楽器の波形はこんなに単純ではありませんが、理屈は分かっていただけるのではないかと思います。
では、動画で音を聴いてみましょう。
上100cmのマイクにフェイズスイッチ無の場合はかなり貧弱な音ですね(1:28〜)。
お互いに打ち消し合っているということです。
ということは、この100cmのマイクの音にフェイズスイッチを入れてやれば良いわけです。
フェイズスイッチ有の音を聴くと、素直で太い音になっているのが分かります(1:45〜)。
結局頼れるのは自分の耳だけ
ここまで読んで「なるほど!オーバーヘッドのマイクはスネアから100cm離して立てればいいのか!」と思った人、残念ながら間違いです!
たとえば、スネアのチューニングや使用するマイクが違えば録音される周波数は変わります。
周波数が変わるということは波形の横幅が変わるということですから、打ち消し合うところも変わってくるわけです。
また、スネアにとっては最適なマイク位置も、バスドラやタムにとってはイマイチかもしれません。
当然レコーディングではバスドラやタムにもマイクを立てます。
スネアとオーバーヘッドのマイクの位相が良くても、バスドラとオーバーヘッドのマイクの位相も良いとは限らないのです。
実際のレコーディングでは、それらのつじつまが合うベストなマイクポジションを探っていくことになります。
いずれにせよ、最後に頼りになるのは自分の耳です。
レコーディングエンジニアは自分の耳を頼りに、ときにマイクの位置を変え、フェイズスイッチを使い、場合によっては使用するマイクやプリアンプすらも変え、理想とする音を録るために努力しているのです。
ライタープロフィール
レコーディングエンジニア
A.TARUI
1983年 奈良県生まれ。
作曲家とレコーディングエンジニアの2つの顔を持つサウンドクリエイター。
作曲家としてはBGMや劇中音楽の制作を得意とし、これまでにユニバーサルスタジオジャパン、ハウステンボス、グランフロント大阪etcのイベントやショーの音楽を数多く制作。
レコーディングエンジニアとしては、生々しく暖かい音作りを特徴とし、ロッテ『ポケモンシリーズ』をはじめとするCM音楽や番組BGM、多くのミュージシャンの録音・ミックスを担当。
講師業とブログ執筆も奮闘中。
Twitter:ototekublog