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アイドル歌詞の対立と転換の手法について考えてみた

「歌詞は音があって初めて活きるもの」そのような趣旨のことを、秋元康さんがどこかで言っていました。

「曲先だから書きたいものが書けない」なんて言っていたらいつまでたってもいい歌詞は書けなさそうです。

今回は対立や転換と、わりと昔からある手法について考えてみました。

お手本神曲 東京女子流 「おんなじキモチ」

黒須チヒロさんの作詞です。

転換、歌詞的脈絡とは

東京女子流は、あえて書きませんが、大きな組織のアイドルグループです。

アイドルの世界では古株に部類するほどのキャリアにもなりました。

「そろそろブレイク」「来年は勝負の年」と言われ続けてメンバーの平均年齢も上がってきました。

ドームツアーをするほど人気があるわけでもなく、紅白歌合戦に出るほどの知名度もありません。

ミリオンヒットがあるわけでもありません……とネガティブなことばかり並べてしまいましたが、胸を張って言えることは、それでもいい楽曲がそろっているということです。

もっともっと知ってもらえればなあと思うのです。

1番の歌詞、

たくさん笑った日は すごくお腹がすくね

2番の歌詞、

たくさん泣いた夜も すごくお腹がすくね

1番、2番とメロが変わっていないので韻を踏んでいます。

並べてみると三好達治の「雪」の

太郎を眠らせ、太郎の屋根に雪ふりつむ。

次郎を眠らせ、次郎の屋根に雪ふりつむ。

のようにも思えます。

笑ったり泣いたりして感情を消費した後の空腹感は若さの証なのかな、と感心しました。

何でもない澄んだ歌詞が聴く人の胸の内にスッと入り込みます。

ドラマでよくある純真無垢なヒロインでないと成り立たないセリフ「ホッとしたらお腹が空いちゃった」も同じベクトルなのでしょう。

これが大人なら一生懸命働いた消費カロリーの対価としてお腹が空いた、と理詰めな「→」が示されます。

理詰めでない言葉の例としましては、俵万智さんの短歌

「この味がいいね」と君が言ったから七月六日はサラダ記念日

もその部類でしょう。

七月六日の日付と「この味がいいね」と言ったその間には感覚しかなく、論理的な関係性はありません。

鑑賞を心に迫らなくても「理詰めでない歌詞」と少し意識するだけでずいぶん変わると思います。

言葉の印象を脳が理解しなくても心がきちんと整理してくれます。

例えば、本当に思い付きですが、

などの歌詞があったとします。

世間的な狭い日本語のコンセンサンスなんて必要ありません。

歌詞は用件を伝えるメモではないと思いますので。

解釈がたくさんある楽曲も楽しいと思います。

あとは神メロディーがどうにかしてくれるだろう、くらいの開き直りも時には必要です。

「時には」です。

もし歌詞に行き詰っているのなら、今まで書いてきた、「お前が好きだ→そのお前の黒髪も→そのお前の微笑みも」という安定志向の歌詞を飛び出て、「お前が好きだ→爆発した大都会→100万個の指輪を降らすよ」も悪くはないかと思います。

せっかく転換するのにお話が起承転結の中に納まっていてはもったいないと思います。

匂いと恋心

芝生に寝転んだら 緑の匂いがフワリ

鑑賞に強制されることは何もありません。

芝生の匂いではなくて緑の匂いであるところが歌詞であり、詩なのだと思います。

音符のない場所で読み解きすると、音と歌詞がこすれ合いながら、きらめいている様子を耳にはできません。

1分でいいので上に掲載された動画を観て欲しいです。

この歌詞のきらめき、東京女子流のきらめきが伝わる瞬間がそこにはあると思います。

宇多田ヒカルさんの「First Love」の歌詞に

最後のキスはタバコのflavorがした

があります。

「タバコの匂いがした」と書かないところが才能ではないでしょうか。

しかし和訳した、この「匂いがした」のフレーズは人間の五感の1つであるものの、他の感覚に比べれば歌詞に使われることが少ないです。

視覚や聴覚ににいろんな表現があるのに比べて、恐らく嗅覚「匂いがする」にはバリエーションが少ないからでしょう。

  • 懐かしい匂いがした 「ら・ら・ら」大黒摩季
  • ぬるい風と少し夏の匂い 掛け違えた季節が 「ともだちがいない!」negicco
  • キミの匂いが シャンプーと 混ざり合って 「ツヨガリ・ファンファーレ」Lisa

具体的にある特定の匂いが定まっている「せっけんの匂い」や「チョコの匂い」とするよりも、「夜の匂い」「別れの匂い」などと限定されないあやふやな匂いの方が歌詞に広がりを持たせることができると思います。

事柄の具体性だけが的確な歌詞ではないです、匂いは限定され答えが分かった瞬間に消えてしまう感覚だと思いますので。

アイドルの楽曲の多くは男と女の恋の機微によって成り立っています。

(Woo Let’s get together now) ちいさな奇跡

(Woo Let’s get together now) おんなじキモチ

この「おんなじキモチ」は大きなメリハリを付けていない楽曲の部類になるでしょうか、「Let’s get together now」のキラーフレーズがかわいい呪文のように繰り返されます。

「ちいさな奇跡」「おんなじキモチ」は、平仮名で表記された「ちいさな」、「同じ」ではなく「おんなじ」、「気持ち」ではなく「キモチ」、どれも意図的に選ばれた言葉でしょう。

そう思うと私たちの使っている日本語、特に話し言葉は私たちが思っている以上に変化に富み、にごっているのだあと思います。

アイドルが見せてくれる幻の世界に登場する無垢な言葉を目にするたび、アイドルに選ばれ書き留められた言葉は美しいのだなと思います。

大スキなキミがそばにいる それだけで大丈夫 どんな問題も解ける

弱いWi-Fiと同じく人の気持ちも不安定なもので、誰かがそばにいてくれるだけで勇気づけられることも数多くあります。

「家族が支えてくれたから頑張れました」や「ファンの声援がなければどこかでくじけていたかもしれません」はただのリップサービス、社交辞令ではなく、「目に見えない不思議な力に後押しされた」という本音だと思うのです。

この楽曲での不思議な力はスバリ恋心。

付き合っている彼氏彼女、はたまた付き合ってはいなくても片思い相手、その人のおかげで頑張れる、恋心に支配されたいかにも予定調和な歌詞ではありますが、私は良い歌詞だなと思っていつも聴いています。

米米クラブの、

たとえば君がいるだけで心が強くなれること

がベースにあるのでしょうか。

あってもなくても、この恋心で書ける歌詞の裾野はまだまだ広いと思います。

恋心に動かされて困難に立ち向かうドラマや映画は掃いて捨てるほどありますが、どれもこれも最後にほろっとさせられる話に仕上がります。

ドラマや映画でいまだにこのパターンが通用しています。

そんなベタなラブストーリーのベースにも新しい歌詞が潜んでいると思いますが、どうでしょうか。

ライタープロフィール

アイドル作詞家・俳人

瀧乃涙pin句

何のツテもないまま作詞を開始。

数年後、文化放送ラジオドラマ主題歌『全身全霊Open Now!』song byガールズジョッキーまでたどりつく。

SPATIO『泣きそう』『レジスタンスガール』、SPATIO kids『温泉サンバ』、ナナエ『シューティングスター』『恋の話しよ!』他、ご当地アイドル、地下アイドルに歌詞を提供中。

週末はもっぱらアイドルを追い掛けている。

Twitter:t_pink_t

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