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スペシャルインタビュー 騒音寺

活動歴約20年を誇る京都の雄・騒音寺。メンバーチェンジや4人編成への変更など、いくつもの「試練」を「チャンス」に変えた新生・騒音寺として、全曲新録のベスト盤「OOH YEAH! 13HITS!!」を放つ。変わらない芯の強さと変われるしなやかさが融合した騒音寺の現在。受け継がれるロックンロールの熱き魂を感じてほしい。

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タムさんは2000年より加入と、その活動の歴史を作って来たお一人と思いますが、加入されたきっかけはどういう経緯でしたか?
タム:当時二人のユニットで活動していて、そのライブをナベさんが見に来てくれたんです。騒音寺のことはすでに知ってたし、またNABEさんデカいから目立つんで、ライブ中から「騒音寺の人がいてる」というのは分ってて。ライブ終わった後トイレ行った時に、後からナベさんが入って来て。「因縁つけられるんちゃうか」と思いましたね(笑)そしたら、「騒音寺でギター弾かへんか」と誘われて。びっくりしたけど光栄なことやったし、やらせてもらうことに。
加入される前と後では、騒音寺に対する印象は変わりましたか?
タム:ルーツミュージック、ロックンロールとかブルースとかそういう土臭い、アーシーな印象はあったけど、なんでも受入れられる懐の深さを持ってはって、それが意外でしたね。
当時は騒音寺はどのような活動をされていましたか?
タム:ライブは今みたいに関東に遠征するより、関西より西側、九州とかが多かったですね。
2000年頃は吉田寮食堂ライブなども開催され、京都の音楽シーンが暑い熱気を帯びていたような気がします。当時の印象的な出来事はありますか?
タム:色々あったからなぁ。西部講堂でのフリーライブですかね?「チェルシー」とか「ドクロズ」とか、熱いバンドがいっぱい出てて。吉田寮は「キングブラザーズ」とかも出てましたね。「チェルシー」と対バンした時に、ギターの人がギターを壊すパフォーマンスする人で、その時もやっぱり壊して、「ギター貸してくれ」って。壊されないか冷や冷やしたけど、何とか無事で良かった(笑)
2005年にはこーへーさんが加入されますが、その経緯をお聞かせください。
こーへー:僕は元々騒音寺のファンで、ある日いつものように磔磔に騒音寺のライブ見に行ったら、張り紙で「ベーシスト募集」っていうのを見て。前のChaiさんっていうベースの方がやめられるっていうので、「おや?これは応募してみようか」と思って。それまで趣味程度のバンドではやってたんですけど、ちゃんとしたロックバンドとかはやったことがなかったんです。それで応募してみたら、あれよあれよという間に今に至っている(笑)
オーディションのようなものもあったんですか?
こーへー:「この曲覚えて来てくれ」って言われて、何曲か覚えていって、スタジオで初めて騒音寺の人達と音合わせて。一番緊張しましたね。
タム:あれは緊張するよね。俺も初めてやった時は緊張したもん(笑)
こーへー:未だに、どのライブよりも緊張したのはあの瞬間でしたね。
こーへーさんが騒音寺を知った頃から、やはり大きな存在でしたか?
こーへー:僕も京都生まれなので、磔磔や拾得で色んなライブ見に行っている中で、ポスターとか張り紙がたくさん貼ってあるのを見ていたし、ライブより先に音源で聴いて知ってたんですね。友達がCDを持っていて。それで、「めちゃかっこいい、しかも京都におんねや」と思って、こんなに近くにいるんやし見に行ってみようと思って行き出したんです。当時はお客さんも最初は座って聴いている感じで、それが後半になるとどんどん居ても立ってもいられなくなって、立ち上がって踊り出す感じが、やっぱすげえなぁと。今よりもっと、妖しかったですよね?
タム:ドロッとしてるというか(笑)ブルース色が色濃かった、もっと土着的な感じがして。
こーへー:それがすごくかっこ良くて。ベース募集の張り紙見て、入っちゃったという感じですね。
「見る側」から「演奏する側」に変わって、どんな変化がありましたか?
こーへー:最初はふわふわしてましたね。
現実実がないような?
こーへー:テレビに出ているようなバンドではないけど、僕にとってはロックスターだったんで。好きだったミシェル・ガン・エレファントとかウルフルズとかと同じような。
タム:そこまでではないやろ(笑)
こーへー:それくらい、同じように(笑)
タム:俺はそこまでではなかったぞ、入った時(笑)
こーへー:言い過ぎてる?
タム:それくらい、遠い存在ってことやな。先人というか自分の歩んで行きたい道の先にいる人と、一緒にやるっていうのはやっぱり緊張というかね。俺も最初はそうでしたし。
こーへー:最初のライブが磔磔のワンマンで、ステージ側になってあの時見たお客さんの景色とかは忘れられないですね。お客さんがすごくいい顔してて、俺もあっちでこういう顔して見てたんやなと。今でもそれは思いますけど。そう思うと、拾ってくれたナベさんにちゃんと恩返ししていかなあかん、みたいなことは思いました。
タムさんから見て、こーへーさん加入により、騒音寺のサウンドや活動に変化は感じましたか?
タム:「ストレート」になりましたね。前のベースは、ストレートなロックをやる感じじゃなくて、それが最初は面白く出てたんですけど。プレイヤーの個性を出すって言うよりは僕は曲の個性を考えてどうプレイするかを考える方が、大事やと思うんですよ。ある曲に自分が近づいて行くと言うか。前のベースは良くも悪くも、自分のフィールドに曲を引き寄せてしまうところがあったんです。京都以外で演奏すると曲が伝わりにくくなった部分とかあったんですけど、こーへーはそういうのがないんで、曲が伝わりやすくなったと思いますね。
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プロフィール

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騒音寺

騒音寺 | スタジオラグ

騒音寺オフィシャルサイト

【騒音寺とは】
4人組から成る京都を拠点とし敢為邁往の如く活動するバンドであります。

【MEMBER】
なべ:唄 / mouth harp / 木魚 / 他
タム:guitar
こーへー:bass
素之助:drums

【活動履歴】
1994年
シュールズでリードギターを弾いていたナベが中心となり結成
当初、レパートリーはあるもののヴォーカリストが不在でスタジオで仕方なくナベが仮歌を歌っていた。それが続き現在の形態に。
1997年
メンバーチェンジに伴い、サボリ癖が出て活動休止,約1年後活動再開
1999年
五曲入りカセット『天地無用』発売。
2000年
タム加入により5人編成に。
初のCD『SO GOOD』発売
2001年
5月5日 初のワンマンライブを京都拾得にてフリーコンサートで行う
この拾得ライブが、これから後々続く【騒祭】への布石となる。
2002年
2nd『Big Ship Comin'』発売
4月 オムニバス『ロケン・ロー 京都魔界案内』に参加
5月5日 京大西部講堂前で青空フリーコンサートを行う
初のPV『Big Shit Comin'』発売
2003年
5月5日 3rd『狐か貍か』発売
2004年
ドラム、CHAT=KHANG脱退。サウザー加入。
4th『まにぐるま 』発売
2005年
ベース、ちゃい脱退。こーへー加入。
5th『不良少年の口笛』発売
2007年
6th『騒-Gaya-』を発売。
廃盤となってしまった1st『SO GOOD』を主軸にしたアルバム『古寺』を発売。
2008年
FUJI ROCK FESTIVAL'08に出演
初のベスト『THE BEST OF SO-ON☆G』を発表。
ツアー最終日を渋谷クワトロにてワンマンライブで飾り、平日にもかかわらず大盛況。見事にベスト盤発売レコ発ツアーの幕を閉じる。
2009年
7th『赤のビート』を発売。
赤のビートを引っさげて全国で20本以上のライブをこなし、初海外遠征を無事敢行。
2年続けてツアー最終日をを渋谷クワトロで行う。
2011年
8th『ダイナマイト・ソウル』を発売。
レコ初ツアーファイナルは新宿LOFTで初めてワンマンを行う。
2012年
ドラム、サウザー脱退、ギター岡脱退。
ドラムに素之助が加入し、4人編成に。
現在、"BRAND NEW SO-ON★G BLUES TOUR!!!"を全国ツアー中!

最新リリース情報

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騒音寺 | スタジオラグ
騒音寺 「OOH YEAH! 13HITS!!」
2013年3月24日発売定価2,100円(税込)
RAGG019
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