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スペシャルインタビュー

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PSYCHO küi METALLICS | スタジオラグ
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バンド表記が変わって初のライブが2003年6月9日だったんですね。
HIROCK:当時はブッキングライブとか制度が分からなかったんで、自分達で企画して。イベント名も「My First Sixx Nine!!!」とかいう、謎の(笑)
佐藤:当時は、誰かに呼ばれてライブするというのがほとんどで、やり方がよく分からなかったんです。活動開始やしこの日にライブするし、それに合わせてオリジナルもやろうという感じで、目標作ってやった記憶があります。
HIROCK:とにかく暴れたらいいと勘違いしてて、次の日全身打撲になったんですよ(笑)昔は尖っとけばいいと思ってたんで。
佐藤:今より大分緩かったんでね(笑)
HIROCK:高校生やけど髪の毛金髪にして、「魅せなあかん!」そういうイメージがあって。
佐藤:当時はライブハウスにいかがわしい空気があって、ちょっとバイオレンスがあったりとか、ちょっとセクシーな匂いがあったりとか。ライブハウス行ったら酔っぱらう、みたいな。
HIROCK:突っ張っとかなあかん、みたいなのがあったよな。
その時のライブの感想とか覚えていますか?
佐藤:いやぁ、、ベロベロやったからな。。
HIROCK:それまで、理想のバンドっていうのがあったんですよ、自分の中で。それを初めて組めたなというのが、正直ありました。女の子なんで、紅一点バンドってバックメンバーイケメンじゃないと駄目やとか色々思うじゃないですか。そういうのも理想やったし、音ももちろんそうですけど、ウチの中で「これや!」というのがありましたね。初恋みたいな気持ちはありましたね。ライブは、その時は「根拠なき自信」みたいなのがあり過ぎたんで、「俺達が一番最強」みたいなのは思ってましたよね。
佐藤:そういう「最強」感ってありますよね、若い時って(笑)あんまり覚えてないけど、お客さんが暴れてたんは何となく記憶にある。
MOLE HILLやGreen Peas Youngがほぼ同世代とのことですが、当時は他にどのような同世代バンドがありましたか?
HIROCK:今もやってるバンドではあとは辛うじて六合かな?その2年後に出会った。六合は結成時期も、リリース時期もいつもなぜか被るバンドで。何かとご縁のあるバンドですね。実際ドラムのボジオさんにも何回かトラで叩いてもらったこともありますし。
ビジュアルとパンクが二分していた当時、他にシーンで印象に残っていることはありますか?
HIROCK:ウチのイメージではROTTENGRAFTYですけどね。あと、OUTSIDE SIGNALとか、そうあたりのイメージがあります。
佐藤:当時雰囲気としてはパンクが流行るちょっと前に、「京都系」と言われるアーティストがいたんですけど、あまりライブハウスではもう見なかったですね。
HIROCK:むしろ鴨川とかのイメージがあったな。
佐藤:だから、入れ替わった雰囲気。
HIROCK:ガガガSPとか見に行って。とりあえず、「ライブハウス行ったら暴れな!」という暗黙のルールがありましたね、今と大きく違うところは。
バンド内ということでなく、シーン全体として?
佐藤:結構皆、モッシュとかはめっちゃやってましたね。クラウドサーファーとかもよう居たし。
クラウドサーファー?
佐藤:ダイブするやつです。上って飛んでくんねんな。メタル寄りのライブとかやったら、トゲトゲのリストバンドとか付けてるやついっぱい居て、鋲ベルトとか。そいつらがモッシュするから、怪我するんですよ(笑)
HIROCK:ウチらも初期はメタル意識してたんで付けてたんですけど。初期は見た目に、「ロックバンドに金髪は一人」という謎のルールを作って、大体一人はいるじゃないですか。だからウチずっと黒髪でしたもん、その時。佐藤が金髪担当してたんで。
佐藤:多分、ちょっと古い、あんまり流行ってないような音楽をやってたんじゃないですか。音楽性だけはちょっと先走ってんねんな、いつもな。ルックスと音楽性が合わへんというのは、当時よく言われましたね。俺自身が、流行ものに食いつく傾向があるんで、書く曲がどんどん新しいことを取り入れたがるんです。だから音的には割と新しい音というのを、当時からやってたと思います。
オリジナルメンバーは、お二人&ベースのゆうさんで、ドラムが何度が代わっていますね。
佐藤:最初のドラムは音楽性の違いというのが大きかったですね。もともと僕らはカバーバンドをやっていて、JUDY AND MARYとかをやってたんですよ。俺もメタル寄りの音楽好きやったし、ドラマーもツーバスでメタル寄りの音楽好きやったから、そこは合致してたんですけど、だんだん俺がメタルの範疇じゃない音楽をやりたくなってきて、リアルに音楽性の違う感じがあって。そこで自分としても引っ張り切れへんかったというのもあって、辞めていったんですよね。その次に、そのドラマーの友達やったりんりんというやつが居て、入ってもらうことになったんです。その間にヘルプのやつがいたんですけど、その人が飛んでしまって、ライブは決まってたんで誰かいいひんかなということで、その時に連絡取れた2人のドラマーに何とか頼んで。リンリンともう一人、1人2曲くらいずつやってもらって。ちなみにリンリンは最初の曲はハットしか叩いてないけど(笑)
HIROCK:8ビート叩けなかったんですよ、リンリンは。
え?!
佐藤:叩けへんくらいの勢いやったんですよ(笑)けどフィーリングが合うとこがあって、こいついいな!と思って。リンリンも人生の中で悩んでる時期やったんで、「俺らと本気で何かやってみいひん?」と話して、ぐいぐい引っ張って入ってもらって。
HIROCK:ライブ中にいつも泣くドラマー。
佐藤:そんなことないっしょ?でも、フィーリング、感受性がすごい。曲書く立場じゃない人って、あんまり曲書く人のこと分かってもらえないことが多いんですけど、リンリンはすごく分かってくれてたというか。曲がこうやから、こうして欲しいというのを、言わんでもやってきてくれる感じがあって。多分それが俺の中でこいつめっちゃいいやん、というとこやったんですけど。
HIROCK:ヴォーカリストには嬉しいドラムでしたね。
佐藤:技術的にはあまり上手くなかったんですけど(笑)技術はあまり関係ないんでね、音楽の善し悪しには。それでやっと本気になってやるようになって。ツアーもヘルプだと出来なかったんですけど、ようやくやれるようになって、音源も出したりする中で、手の病気、カーパルボスという病気にかかって。1度は手術して叩けるようになったんですよ。でもやっぱりまた再発して、ドラムがドクターストップがかかって。結構厳しい時期ではありましたね。前のアルバム出して、9月にSOUL JACK76とSPIRAL-JAPと3マンして、俺らの中ではそれはすごい手応えのあるライブで、「これでやっていける」という感じがあったんですけど、10月入ったくらいからだんだん悪化し始めて。その段階で次のライブが年始にワンマンが決まってたんですよ。MUSEでワンマンやるのは初めてで、俺らの中では気合いの入ってたライブなんですけど、10月くらいから手が不自由になってきてて、これはもしかしたら持たへんということになってきて。でも、もしかして持ったらヘルプは要らんし、どうしようかなとなって。ドラム探さなあかんけど、いけたら要らんし、でも練習はしてもらわなあかんし。
バンドとしても決断できない状況ですよね。
佐藤:気軽に誰か声かけられる人いいひんかなと思ってたら、きよたきがドラムやってるって言うから。前の手術の時もそういう事態が起こり得ることは想定されていたんで、その時も1回声かけてたんですよ。「無理かもしれんことがあるらしいから、一応曲覚えてくれへん?」で、1回スタジオ入ってたりして。2回目の時もきよたきに声をかけたんですよ。ワンマンもやるにはやったんですけど、ホンマにやりたいことは出来なかったというか。速い曲は2曲続けてできないとか、3曲に1回はMC入れないと続かへんとか、りんりんがNG出したら1回止まるとか。そういう乗り切り方をしたんで、自分の中では最善は尽くしたけど悔いが残る形ではありましたね。そこで出来ない曲がいくつか出てきてて、それはきよたきにゲスト的な形でやってもらったりとかして。その次の週にHIGH STREET BLACKというバンドがいて仲良くさせてもらってたんですけど、解散するってことでどうしても出て欲しいと言われてて。俺らワンマンあるし次の週厳しいっていう話やったんですけど、どうしても出て欲しい、シークレットとかぎりぎりまで発表しんでいいから出て欲しいって感じで言われてたんで、出ることになったんですよ。そこからりんりんは手術とかもあったんで、きよたきにスイッチして。
HIROCK:それで今に至るという感じですね。9月のライブで手応えがあって、からのそれやったんで、この10年間で一番辛かった時期なんですよ。
佐藤:やりたいことが出来ひんかったこともあるし、それは誰のせいでもなかったし。
HIROCK:うちも歌歌えへんくなったし、それで。精神的にまいってしまって。その中でKYOTO MUSEでのワンマンと3月にもイベントをやって、同じくKYOTO MUSEでオールナイトイベントをやったんですよ。
佐藤:あれ、3.11やってん。
HIROCK:私3月12日が誕生日なんですけど、オールナイトで誕生日を祝おうという企画で。当日やったんですよ、震災の。3ヶ月スパンくらいでイベントを打つくらい当時やる気があって、9,10,11,12月も全部イベントやって、1月もイベントで3月ってやってたんで、その時に地震。終わるみたいな感じでしたけど、それまでもリンリン騒動っていうのが、今思い出しても一番辛いですね。
佐藤:で、きよたきにとりあえず最初ヘルプでやってもらってて、多分正式に入ったのがその年の4月なんですよ。そこまではヘルプでやってもらってたんですけど、3.11の件を乗り切って、その日がリンリンがいるPSYCHO küi METALLICSの最後の日。きよたきがドラム叩いてたんですけど、リンリンもちゃんと来てくれてて、最後サプライズでケーキ用意したりして。きよたきもそれくらいの時期に自分の活動や「そもそもやりたいことはベースなのか?」悩んでた時期だったらしくて、本気で俺がやってくれへんって言った時に、向こうも実はそう思っててっていう話になって、やってもらうことになって。またドラム的には初心者が入ったんですけど(笑)でも、上手い人が入るよりはやりたい人がやる方が絶対いいとは思ってて。きよたきやったらずっと友達やったし、フィーリングも合うんちゃうかなと思って、頼んだんです。
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プロフィール

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PSYCHO küi METALLICS
(サイコキメタリックス)

2003年にリーダー兼Gt 佐藤翔とVo HIROCK、Ba ゆうで結成。2003年6月9日、京都WHOOPEESにて初ライブ。メンバーチェンジを経て、2011年4月にDr きよたっきが加入し現メンバーになる。洋楽ロックとJ-Rockに影響を受けた京都出身のロックバンドPSYCHO küi METALLICS(サイコキメタリックス)、通称サイコキ。良い時も悪い時もその間もありながら、2013年で結成10周年を迎える。多彩な楽曲とパワフルなライヴが魅力。自由に感じて下さい。

■メンバー
HIROCK:Vocal
ゆう:Bass
きよたっき:Drums
佐藤翔:Guitars

PSYCHO küi METALLICSオフィシャルサイト

最新リリース情報

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「IS(not)DEAD」
2013年6月6日リリース
定価 2,000円(税込)
HYS-012
※全国のタワーレコードやHMVなどのCDショップで購入頂けます。
amazonで購入

「見失ってしまいそうな夜には 溢れた想い集めて」
今年2013年で結成10周年を迎えるPSYCHO küi METALLICSの新しいアルバムです。王道J-Rockの現在進行形。ポップでキャッチーかつ、ワイルドでヘヴィー。PSYCHO küi METALLICSのシリアスな側面が、前に出ている作品。

■曲目
1 BREAK
2 is(not)dead
3 それだけで(is not remix)
4 君をさがしてる(is not remix)
5 LOVEちょな-ゥ★
6 sound-zoo-river
7 HOLIC(is not remix)
8 恋がしたいわ~一度きりじゃない I LOVE YOU~
9 LOST
10 恋をした(Acoustic ver.)
11 いつか死んでもいい日がくる(is not remix)
ライブスケジュール

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PSYCHO küi METALLICS「Rock Is(not)Dead Tour 2013」
10月5日(土)京都 三条木屋町 Live Spot RAG
10月11日(金)心斎橋 club☆jungle
10月20日(日)京都 西院 GATTACA
and more...
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