ダイナマイトインタビュー
- 京都のロックを煽り立てている、マネージャーの「しのやん」さんとはどのような出会いだったんですか?
- 動いて5年目くらいの時かな。
ライブは月1京都ぐらいで「もうやめようけ、俺たちも限界だなって」って岡(g)と言ってた時
デビューしたウルフルズ、くるり、キセルとかがさ、雑誌でリスペクトしてくれたんだ。
で、「もう一回やってみよう」って。
それで、ツアーのノウハウを持ってる、しのやんにお願いしに行ったんだけど
「もう音楽界とはさよならしたし、戻りたくもない」って断られた。
それでもしのやんのいる飲み屋に行っては、毎日毎日頼みに行ったよ。
それで、「騒音寺初のワンマンライブ」(拾得に300人!)を観てもらった時
ステージから腹抱えて笑ってる しのやんが見えてさ
それからマネージメントしてくれる事になったんだ。 - 出会い方も本当に「自分たちの手で」という感じで熱いですね。
- そうだな。
京都でワンマン、ツアーするロックバンドがいなくなってたから
先陣切れば、いっぱい面白いバンドが出てくるだろうって
実はそういうもくろみもあったよ。自分たちの手でしなきゃって。 - それほど、NABEさんを動かす音楽の力って何ですか?
- 自分が音楽ファンだってことだわ。一番。
いまだにビートルズを聴いたらドキドキするし、
アナログに針をおく瞬間は今でもワクワクする。
実は俺ラジカセを修理するのが趣味で・・・気持ち悪いと思ってるやろ! - 思ってません!
- それもバブルラジカセって言って80年代前後に出たね。
- 真ん中にカセットがあって、両端にスピーカーの?
- そう。あのラジカセで、一番ときめいていた14、15歳の頃の音を聴きたいんだ。
「ラジオミックス」っていうものがあったぐらい、ラジカセ文化だったから
それが、一番正しい音なんだ。
昔、友達の兄貴しか持ってないラジカセがあってさ
その兄貴が帰ってくるのが17:30だ。中学生の俺は15:00。
友達の家へ皆で行って、その使ってはいけない兄貴のラジカセのスイッチ押して・・・
メーターが振れて・・・音が出て・・・ロックに夢があって・・・
ずっっとすり切れるまで聴いたんだ。
だから今、ここでそれを鳴らせば、俺はいつでも14、15歳の感性に戻れる。
覚えてるんだな耳と心が。