スペシャルインタビュー 10-FEET | スタジオラグ

スペシャルインタビュー
10-FEET | スタジオラグ

スペシャルインタビュー 10-FEET

あえて違うエッセンスを取り入れようというのは、意識的にされているのですか?
T:僕らバンド始めた頃って、周りに演奏が上手い人ばっかりで。僕ら必要最小限の人数しかいなくて、しかもあんまり音楽のこと知らんなかで、どうやったら面白い音楽出来るかな、って考えた時に、「3人でやる音楽っぽくないものをあえてやる」のが面白いなっていうのは常々思ってたんですよね。で、レゲエ要素入れたり声色変えてやってみたりとか、4人分、5人分のことを3人でやってみたり。ボサノバって3ピースバンドで歌うたってやるもんじゃないな、って当時思っていたりして。そういうところから、周りのすごいバンド達とリスペクトし合ったり、「そう来たか」の思わし合いやったんで、当時から。周りのバンドと切磋琢磨することと、お客さんも含めてなんですけど、「そう来たか」という、マニアック過ぎるでもなくバランス感覚というのはずっと意識してやってたんで。もちろん1つのことも常に練習して究めていったりすることもしてたんですけども。それよりも、何するにしても、ライブの進行でも、MCでも、曲でも、何にしろアイデアが大好きで。面白いこととアイデアがもともとメンバー1人1人が好きなんで。多分そういうところから、好き好んでやっているんだと思います。
メンバー皆さん、それぞれやはり好きな音楽は違うのですか?
T:共通点はあるんですけど、少々ばらけてたりしますね。でも、かぶっているところも多いですよ。
N:共通してんのは、BOØWY、ZIGGY、Hi-STANDARD、GREEN DAYとか。バンド系ってけっこうかぶるよな。
T:ジャパニーズ・ルーツ・ロックみたいな?
N:HIP-HOPとかは僕はあんまり聴かないんですけど。
K:取り入れたりはするんですけどね。
N:洋楽はやっぱり違うんですよね。お互い貸し借りしたりして。
T:NAOKIがパンク、ハードロック、KOICHIがグランジ、俺がメタル、レゲエみたいな。出会った頃はそういうイメージ。
N:少しずつ聴く音楽は近づいて来てるよな。出会った頃はメタルも全然聴いたことがなくて。
T:スカ・パンクとかをNAOKIに教えてもらって。GREEN DAYとかは知ってたんですけど、それ以外のLOOK OUT周りとか、そういうのを教えてもらったりして。出会った頃にHi-STANDARDとかも知って。KOUICHIはその時Hi-STANDARDのコピーバンドやっててんけど、バックグラウンドにグランジっぽいルーツがあったりして。部屋行ったら、NIRVANAのポスターが貼ってあったりしたんですよね。NAOKIの家では、NOFXとか貸してもらったりして。
それがいつくらいの頃ですか?
N:今年12年目やから、その前?13年前くらいですかね?それまではお互い違うバンドやってたんですよ。コピーバンドのイベントで、対バンという形で出会って。あの頃よく竹田のラグ(伏見店)行った記憶がある。
T:北白川ってまだなかったよな。
N:竹田まで原チャで行ってたなぁ。
T:ラグのバスドラムのキックの音がええ、って言うて。あのデッドな感じで、「ツク、ツク、ツク」って鳴んのが、ラグしかなかったんですよ。店員さんとも仲良くて、何かと竹田ラグは行ってたよな。
N:で、白川にも出来たって聞いて。
T:みんな家が近かったから、こら白川やろって。いや、お前(KOUICHIさん)全然近なかったな。
K:西京極やった(笑)
T:鬼やな、俺ら(笑)北白川は東京上京する前、京都の活動の全盛期によく利用していましたね。北白川ラグの入って右側のミーティングスペース、あそこで東京行きを決意したんです。
あの場所にそんな歴史が!
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T:その時に話していたのが、僕らCDもオムニバスで2枚出していただけで、レーベルなんて誰も知り合いいなかったんです。当時アルバム出したり、自分らの単独作品が出せる保証なんて全くなかったんですよ。東京行ってもみつかるかどうか分からん。レーベルすら見つかるかどうかも分からんけど、これだけは結束しようつって言ってたのが、当時Hi-STANDARDがPizza of deathっていうレーベルやったり、NICOTINEがSKY RECORDSっていうのやってたりして、周りの仲間とかはそういうところから出して盛り上がったりしてたんですよ。だけど、何か素人の浅知恵で、誰かバンドがやっているレーベルに入ったら、そのバンドを越えられへんから、俺らはどんなとこでもいいから、普通のバンドがやっていないレーベル見つけるまで所属しんとこ、って。で、東京に行ったんですね。その当時NAOKIは就職とかしとったんですけど、僕らが23、4歳でNAOKIは21とか22歳やってんな?
N:上京のときは24歳のとき。
T:じゃ俺は26歳で行ったんか。年齢的に、東京に上京して音楽するにはラストチャンスやから、各自バイトしたり準社員や社員やったりしたんですけど、最後にやれるところまでやって帰ってこようか。どうせ無理でも、どれだけ通用するか見てから、1~2年やって戻って来て就職するなり趣味でやるなりしようぜ。という話を、北白川ラグでしてたんですよ。 
N:最初の時点で、東京で借りたマンションが2年更新やったんですよ。2年間である程度やっていけるかどうか見えへんかったら、難しいんちゃうかなと思ってたんで。やっていけるかな、ってギリギリ見えたんがちょうど2年目くらいやったんですね。アルバム「springman」とシングル「RIVER」が出て。
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