スペシャルインタビュー | スタジオラグ

スペシャルインタビュー
西野やすし | スタジオラグ
これまでRAGでも何度と無く熱いライブを繰り広げてこられましたが、いつぐらいからご出演ですか?
北山にある時分。それが何年前からか俺記憶がないけど、ここ(木屋町)へ越してきて20年くらいなるんちゃう?だから、その前やわ。そこで力哉君とかシミちゃん(B:清水興)らとやってたな。
数々のRAGでのライブで、特に印象に残るライブはありますか?
いっぱいあるで!RAGのライブの歴史って、俺自分の音楽の歴史に匹敵するって思てるから。いっぱいあり過ぎてどれか選ぶの難しいけど、震災後のライブはとりあえず一生の思い出やね。チャリティーのライブを、震災の直後にやったんやけどね。あれは絶対忘れへんね。みんな協力してくれて、ミュージシャンだけで、入れ替わり立ち替わりで50人以上出たんよ。
西野さん主催のライブですか?
うん、俺仕切りで色んなミュージシャンに声かけて。いつ何時に誰が来るか分からん状況で蓋開けたんやけど、BOROとかも来てくれて、ホンマいっぱい来てくれて、関西の人とかみんな集まってくれた感じで。結構な金額も寄付できたし。ライブの最後に「You are so beautiful」をSHOちゃん(B&Vo:天野SHO)が歌うたんやけど、それで黙祷をして、みんなで一緒に歌ったんやけど、お客さんもミュージシャンんも生きた人みんな一緒に、同じ思いで涙して、という。あんなんはないね、ああいう感動は。全員が泣いてたと思う。あれは本当にやって良かったなと思う。RAGにもすごい協力してもらって、前もって新聞で扱ってもらったりして、ほんとに一番ええ思い出かもしれんね、あれが。俺よりもずっとキャリア長い古谷さん(Sax:古谷充)も、あれが自分の人生の中で一番感動した、って言うてはんねんね。「You are so beautiful」の間奏で古谷さんがサックス吹いた瞬間に、ブワーっとお客さんがみんな泣いたよ。それは古谷さんが泣きながら吹いたのもあんねんけど、俺らにもあの衝撃は凄かったな。シーンを覚えてんねんね。お客さんの顔とか、ミュージシャンの顔とか、全部。体にも残ってる、あれはホンマ。
特殊なシチュエーションで、全員が同じ思いを共感できたのですね。
西野やすし | スタジオラグ 音楽の内容じゃなく、やっぱ印象に残るライブっていうのはあるよな。俺ら毎日毎日ライブやってると、今日のライブが良かっても明日はもっとええライブやると感動は薄れる。「昨日のライブがよかったなあ」と思うとそれと比べてまうから、いったん忘れていかんと次の感動ってでけへんと思うねんな。ただ何か出来事があった時って、鮮明に覚えてるやん。割と最近のことで言うたら、ラグのライブが終わって、打ち上げしてる時に電話がかかってきて。「塩次伸二が亡くなった」言うて。堀尾(Ds:堀尾哲二)がかけてきてんけど、ふざけてんねやと思うて、「しょうもないこと言うな」って俺怒ったんやけど、次から次へと入ってくる。「ホンマなんや」と思って膝が震えたというか、力抜けた言うか。その日俺のライブで力哉君とichiro(G)とやってんけど、楽屋で3人で大泣きしてて号泣した。ライブの内容よりも、その狭い楽屋で3人で大泣きしてる姿とか、そんなんが覚えてるな。悲しいことがあった時ちゅうのは鮮明に覚えてるよね。
塩次さんと西野さんは同期くらいですか?
彼の方が先輩、年も上。ただ、先輩って言うか、年が上言うだけで、俺はさっきも言うたように若くこの世界に入ってたから、伸ちゃんらがやり始めた頃は、もうメシ食うてたんよ。俺が高校生の頃に彼は大学生やったから。俺が立川とか横浜とか米軍基地いた時分に「ウエスト・ロード(・ブルース・バンド)」を彼がやってて。で、京都でBluesやっとるやつおるでってウワサ聞いて。その当時俺黒人の奴らとBluesやってたから「日本人でBluesなんかできるかい」と思てて、そういうウワサでこっち帰ってきていっぺん見てみたら、あいつら凄いなと思て。
その頃からのお付き合いだったのですか?
そうやね。特にリズム隊、「ウエスト・ロード」のリズムセクション、松本照夫というドラムは凄いなと思た。今でもたまに会うけどね。とってもけしからんことばかりしてるけど(笑)それから「ウエスト・ロード」と一緒に行動してた「Fats Bottle Blues Band」、要するに田中晴之やね、ギターの。あれはやっぱ凄いと思たね。
その頃は京都のシーンは熱かった?
一番熱かったとちゃう?大阪の上田正樹の「South to South」と、京都の「ウエスト・ロード」、大阪の「憂歌団」、「Blues House Blues Band」というのがあって、後の「Break Down」やね。近藤房之介がまだ入ってなくて、入道がヴォーカルやった当時やけどね。あの頃は「8.8 Rock day」とかがあって、関西がむちゃくちゃ熱かったから。あの頃の関西の熱さってちょっとあり得へんよね。アマチュアのコンテストに何万人も集まるんやで。アマチュアのコンテストずっと勝ち抜いてきて、決勝は万博のお祭りの広場、あそこでやるんやけど、あそこ満杯なるんやで、2日間。
今のロックフェス規模ですね。
考えられへんやろ。こないだもその「8.8 Rock day」のCDとかを連れの家行ったらかけとって、聞いてたけど、全然今のバンドよりレベル高いねん、どのバンドも。こんな上手かったんや、あの当時みんなと思てて。びっくりしたな。関西、あの当時凄かったな。
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