スペシャルインタビュー ワゴンズ 2/5|スタジオラグ

ワゴンズ | スタジオラグ

スペシャルインタビュー ワゴンズ

「醒めて見る夢」と、非常に逆説的なタイトルですが、その意味とは?
梶本:精神的に追い込まれていた部分もあって、すごい内に籠って自分の頭の中でしか思い描けてないものっていうのがあって。ときおり自分の思いとかこうなったらいいなという理想とかに押しつぶされそうになってたなと思ったんですね。そのタイトルは1曲目「ダーリン」の歌詞の中からとったんですけど、多分内に籠っているのは寝て見ている夢の状態やと思うんですね。でも目を見開いて現実を生きてそこで見つける新しい夢というか、本当に自分の目の前にある音とかものにするには、目覚めて歩き出さなきゃいけないという。だから、醒めて見る夢を見ようというのは、次に進むためのキーワードみたいな感じで思いついたんですよね。
すごくポジティブな意味合いが込められているのですね。
梶本:全部ネガティブですけどね、歌(笑)
今回そういう単語や言い回しが多いですよね?
梶本:かなり正直に書きましたな。飾りっ気なしで、落込んでるから落込んでるつってんだ、嫌だから嫌つってんだ、でも頑張らなきゃいけないから頑張るつってんだ、みたいな。字面から受け取る印象みたいなものもすごいあると思うけど、このまんまじゃいけないな、という焦りみたいなのは共通してあるんですよね。だからこのままじゃいけない、次に進もう、前に行こうって思ってるっていう。暗闇から抜け出そうとする途中経過報告みたいな内容が多いかも。でも一番最後の歌が一番光明を見出している感じの、最後に希望という光を持たせてみました的な感じではありますね。
各曲解説をお願いできますでしょうか。
梶本:1曲目の「ダーリン」はですね、アルバム制作で最後に出来た曲なんですよね。最初はこの曲が嫌いやって、バンド持っていっても、皆は「いいやん」って言ってくれるけど、俺はこの歌詞の内容が歌うのが辛くて。中途半端にしか出来上がってなかったけど曲のメロディ的なものはメンバーはいい曲になると感じてたんでしょうね。すごい、「ダーリンやろう」って推してたの。でも俺がすごい嫌やって頑になってんの。お互い頑になってたんで。でも作ってみて、自分自身が曲とか歌詞とかそれに向き合わなあかんなって。向き合う時間、その作業が酷やったし、逃げれるもんなら逃げた方がいいって思ってたけど、逃げれないなということが分かったんで、頑張って向かい合って作ったんですね。そしたら、このアルバム全部赤裸裸やけど、一番裸感がある曲になって。Going Under Groundの河野さんも「この曲をぜひ色んな人に聴いて欲しい」ってコメントしてくれはったりして。自分と向き合ったのとストレートに感情をぶつけてみたのが楽曲的にはよかったんやろなと思いますね。一番キャッチーやと思うけど、でも一番辛かった。この曲を発表するということは。
斎藤:すごい暗くてマイナスなイメージの言葉であったりとか、内容も別れであったりとかというところを歌ってるけど、めちゃ明るいじゃないですか、この曲。メロディもアレンジも。最終的には何かしらの希望を見つけて前に進むしかないっていうメッセージがあって終わる、それは結構全部に共通してなんですけどね。特に「ダーリン」の歌詞とメロディとのアンバランスさというところでそれがすごい露に出てるなっていう風に思うんです。それがすごくワゴンズらしいというか梶本浩司らしいと思うし。短い2分半くらいの曲で、このバージョンだけがワゴンズのアレンジじゃないんですけど、トータル的なメッセージであったりとか、そういうところで今のうちらの音であるし梶本の歌であるなってすごく思いますね。
今のワゴンズの象徴?
梶本:そういうことだね。
2曲目は「WONDERLAND」です。
梶本:これは3ピースをすごい意識して作った最初の曲と言って過言ではないかな。ライブでも去年からやっていたし、コードストロークでループさせられるみたいなコード進行なんですよね。BとEでずっとループしているというか。分かりやすくダイナミクスのある曲やし、ミニマムからマキシマムまでドカンと上げられる曲やから、3ピースバンドの醍醐味みたいな、そういうのを初めて意識して作った曲ですね。歌詞に関しては、これまた悩み始めたぐらいの感じの、「あれ?俺今迷ってんな?」みたいな結構フラットに入っている自分を描いている感じかな?
歌詞中「僕は透明なものについ苛立ってしまうんだ」のくだりの意味がよく分からなかったのですが。
梶本:「透明なもの」というのは、歌詞読んでいってもらったら、「吟遊の友人は消えた」とか分からない感じの単語があるんですけど、吟遊の友人というのは、はっきり言ってやめていったバンドマンのことを指しているんですよ。すごい素晴らしい発想とか発言とかしてたのに、今は音楽そのものを諦めちゃったりとか遠ざかったりして。飯食わなきゃいけない、だから音楽をやめなければならないという発想に皆なりがちなんすよね。でも飯食えへんくても他で仕事して音楽やっていったらいいのに、それを途中で、今までの自分を否定するかのようにやめていっちゃうっていうことに、すごい疑問も持ってたし。かといって俺もいい大人やから事情は分かると。でもやれや、という風に思ってたんですよ。でもその時素晴らしかった彼彼女達の存在っていうのはずっと俺の記憶には残ってるし、記憶には残ってるけどそれは現実のものではない、すごい透明な感じで目の前にあるって、そのことを思い出してしまう。何でやめてん?とか何で俺はそれに疑問持ってんねん?とかに、たまに苛っとくることがあって。音楽だけじゃなくてもね、途中で道半ばにして投げ出しちゃうってそれぞれ人によって事情はあるけど、そういうことに対して考えるときってあるじゃないですか。そういうことに自体に対して苛立ちを覚えるっていう。でも最後にやっぱ、一番良かった時の記憶、「風薫る月夜」とかってね、その時に出会ったシーンとか場面、俺はずっと信じてるし失くしたくない。その吟遊の友人達にもなくして欲しくないし、俺もずっと失くしたくないよっていうメッセージですかね。
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