スペシャルインタビュー Live House nano もぐら店長|スタジオラグ

スペシャルインタビュー
Live House nano もぐら店長 | スタジオラグ

スペシャルインタビュー Live House nano もぐら店長

Live House nanoの店長・ブッキングマネージャとして、京都が誇るフェス「ボロフェスタ」の発起人・オーガナイザーとして、現在の京都音楽シーンを牽引する男:もぐら。バンドマンから、音楽ファンから絶大な支持を得る“熱き漢”のコアに迫る、ブッキングマネージャインタビューシリーズ第一弾!

プレゼントのお知らせ
Live House nano もぐら | スタジオラグ

もぐら様よりご提供頂きましたLive House nanoご招待チケットを抽選で1名様にプレゼントいたします。プレゼントご希望の方は、下の応募フォームよりご応募下さい。当選された方にはメールにてお名前・プレゼント発送先・連絡先をお問い合わせさせていただきます。

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それではまず、自己紹介からお願い致します。
京都で生まれ育ち、大学入ってから軽音サークルを通じてバンド活動をするようになりました。大学が京大でしたので、一番盛り上がってた時期の吉田寮や、、今も昔の「ロックの殿堂」と謳われる西部講堂が身近にありましたね。吉田寮の食堂ライブが京都の「ウッドストック・フェス」と呼ばれて、雑誌の「クイック・ジャパン」に巻頭特集組まれたところを間近で見たり、西部講堂で『SOUL FLOWER UNION』や『渋さ知らズ』等のライブを見てきました。またその頃は、『くるり』のデビューや現役学生バンドのデビュー等、いわゆる“京都系”の音楽シーンが全国的に盛り上がり始めていた時期でもありました。
今のお仕事、ライブハウスの店長やブッキングマネージャーというのはどのような経緯でなられたのでしょうか?
当時、そういうバンド達と同じように京都中心に活動してた『サンプリングサン』というバンドがいまして、彼らがMETROで企画してたマンスリーイベント「サンシャイン」に、彼らと近しい存在だった僕が司会をするようになったんですね。それを通じてバンドシーンというものに深く関わるようになり、その流れで「ボロフェスタ」を仲間と集まって始め、その後にnanoのオープニングからの店長として誘われて。で、今に至ります。
ご自身もミュージシャンとして活動されているとお聞きしてますが。
ミュージシャンって言うようなイイもんじゃないですけど(笑)バンド活動もやってますけど、それはマイペースに。とにかく、“派手好きの単純思考、自他ともに認める関西屈指のパーティーピープル”です。
京大出身と仰られましたが、京大には軽音サークルがいくつもあります。どのサークルに所属されていたのですか?
「こんぺいとう」です。僕らの頃の「こんぺいとう」は、すごくストイックな人が多くて、例えば合宿行ったら“脇目もふらずセッションしかしない”という感じでした。所謂ミュージシャンらしいミュージシャン、バンドマンらしいバンドマンが集まってたんですね。
当時はバンドブームでもありましたからね。最近の学生さんはどうですか?
立命館の軽音楽部の子達はよく出てくれるんですけど、良いイメージがありますね。自分達で曲を作って、バンバン外でやって。先輩にも恵まれてたんでしょうね。
やはり出演者の方は大学生が多いのでしょうか?
色々ですけど、やはり学生は多いですね。3分の1くらい。
3分の1でも多いですね。さすが学生の街、京都。
話は変わりますが、“nano”の店長であり、またブッキングマネージャー、そしてPAと全てやってらっしゃるもぐらさんですが、ライブ中にはすごく陽気で、時にはMCもなさるとお聞きしたのですが。
タイミングが合えば喋りたくなったり、「これ喋らなあかんな」と思った時はしますけど(笑)
サックスもやってらっしゃるとか、非常に多才ですよね!
いやいや!めちゃくちゃ偏ってますよ!?完全にこうゆう場所でしかできない事しかしてませんからね(笑)
そんなもぐらさんのルーツをお聞きしたいのですが。
そうですね、僕は基本的に『THE BLUE HEARTS』から始まってまして、小学校の時に初めて聞いた時から今でもずっと好きで聴いてます。自分の中では“『THE BLUE HEARTS』と他のバンド”ぐらいの感じで。ある種、哲学的に刷り込まれた部分がありますね。昔の『THE BLUE HEARTS』は所謂8ビートのパンクなバンドだったので、そこから日本やアメリカ・イギリスのパンクを掘り下げてみたり、『THE BLUE HEARTS』の元になった音楽を聴いてみたり。そういうロックンロールやパンクが一番のルーツにあります。…そういう音楽ってフロアが自然に「オラッ!」ってなってこその音楽じゃないですか。そういう“盛り上がるのが基本”みたいなものを聴いていて、また高校生くらいになると、メタルとかハードロックとかを聴くようになって。…それも派手な世界ですよね。
そうですね、“盛り上がってなんぼ”みたいなところが少なからずありますよね。
それから大学のサークルで、先輩の影響を受けて聴くようになったのがブラックミュージック。そこで『Sly & The Family Stone』とか『James Brown』とかを聴くようになりました。
様々なジャンルを聴いてきたのですね。
きっかけがあったら何でも聴くんですね。『THE BLUE HEARTS』は姉が持っていたから。メタル・ハードロックは高校の友達が持っていたから。それでも、基本的に盛り上がる音楽に出会って来た事が大きいですね。そもそも自分が盛り上がりたい人間なのか、それとも盛り上がるモノに出会って来たからなのか、どちらが先かは分からないですけど、人との出会いがそうさせてきたんだろうと思います。
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