スペシャルインタビュー モーモールルギャバン 4/10|スタジオラグ

スペシャルインタビュー
モーモールルギャバン | スタジオラグ

…ビール二杯飲んでバイトとか。…ごめんなさい!(笑)

2009年にFM802主催「Music Challenge 2008」にてグランプリを獲得されますが、これが直接的なデビューのきっかけだったのしょうか?
ゲイリー: きっかけというか……色んな事がきっかけにはなっているんですけど…。ああ、でもそうか…よく分からないんですけど、そのグランプリを取った事で業界の人達が一気に僕らに注目し始めたらしく、また同時に2009年というのは120本もライブをやっていた年で、とにかくお金が無くて…。とにかく、目の前の人のド胆を抜いて自主制作のCDを売らなきゃならないという年だったんですね。
2009年というと『サイケな恋人』を発売した翌年ですね。
ゲイリー: とにかく地道にやっていまして…。まぁ、グランプリを取ったからと言って、お客さんが一気に増えるという訳ではないですし。でも『つしまみれ』というバンドと『8otto』というバンドがツアーに連れて行ってくれたんで、それで全国色んな所を回らせてもらえたのが大きかった。それと、そういう所で初見のお客さんにCDを売りまくった事………とにかくお金がなかったんで、、
ユコ: ツアーに一緒に回らせてもらったのは助かったよね。
ゲイリー: 僕の「絶叫」の着うたを“10円!”とか…それはサービスですけど(笑)結構サービス精神旺盛に頑張ってたんですよねぇ。。
ユコ: あれはお金になってなかったよ(笑)…でも当時は自主制作盤を売る事でしか収入が無かったんで、案外それを買ってくれる方も結構いらっしゃったんです。…それでやってたもんね、実際。
ゲイリー: すごい時はお客さん30人で10枚売れた時とかあって。
ユコ: ホントにみんな買ってくれて、それで活動費を賄っていました。
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ゲイリー: あの一年で、“初見の人のド胆を抜く”という事をとにかく鍛えられましたね。…それと東京で突然集客が二桁を切らなくなったんですよ。それまでは三人とか四人とかだったんですけど。
ユコ: やみくもに五連チャンで東京でライブしたりとか…ホントにお金が無かったんで、せっかく東京まで行ったんなら一本二本だけやって帰るのは嫌だったんですよ。だから行ったからには五本くらいやんないとって(笑)
ゲイリー: 新宿5DAYSとかありました!(笑)
ユコ: 交通費がもったいないって、貧乏根性で(笑)
…いやいやいや、アグレッシブ過ぎますね(笑)
ゲイリー: 大体毎月か少なくとも二ヶ月に一回くらいそういうバカみたいな事やってたら、2009年の夏頃に五連チャンとかやっても二桁切らなくなったんですよ!どれも!
ユコ: 東京でも最初から箱の方々は気に入ってくださって、「東京にはこういうバンドはいないから絶対ウケるよ」って言ってもらえた事は支えになりましたね。
ゲイリー: 多分、京都のバンドが東京でやる事ってすごく得なんですよ。ノルマを取られないとか。…東京で普通のアマチュアバンドがやろうと思ったら絶対にノルマ取られるんですけど、ツアーバンドは取られないんですよ。特に箱関係の人で僕達を気に入ってくれる人が結構多くて。…とにかくタダでライブが出来たんで「タダでライブが出来るのにやんないのもったいないでしょ!」と。
ユコ: 「やらないか?」って言われると「やります!」と。呼ばれたら断らなかったもんね。
ゲイリー: そうそう。…集客三人とかでもギャラ三千円とかくれたんですよ!「モーモールルギャバン頑張ってるから応援したい」って!!
それで120本という大台に…。…120本というと3日に1回はライブ、すごい!活動費をCDの売上で賄えたという事にも頷けます!!
ユコ: でも、やってる時はあんまりそんな風には感じなかったです。…終わってみたら「そんなペースだったんだ…」っていう感じでした(笑)バイトもやってたんですけどね~。。
T様: それだけ聞くと、いつバイトしてたんだろうね?
ゲイリー: 毎日してたようにも思えるけど…。関西のライブの後は必ずバイトしてたな…ビール二杯飲んでバイトとか。…ごめんなさい!(笑)
いやいや、さすが苦労をされていますね…そして!2009年11月、『野口、久津川で爆死』で待望の全国盤発売と!
ユコ: ええ、晴れて出たわけです!
ゲイリー: これね、うちのプロデューサーがタイミングを伺ってたと思うんですよ。面識は二年くらい前からずっとあったんですけど。…2009年の9月頃に「そろそろ全国盤作ろうか」って言ってくれて。
ユコ: 「作ろうか」って言うか…なんせ私達の音源は…こんな事言うと作ってくれた人達に失礼ですけど…関係者の方々の“愛”のみで成り立っている物ばかりだったので(笑)「ちゃんとした音源を全国流通版として作りたい」って、プロデューサーもずっと言っててくれたんです。
なるほど。。…これはまだインディーというわけですよね?
ゲイリー: ええ、インディーズから発売しました。当初800枚作ったのが一瞬で売り切れて…。多分それを耳にしたんでしょうね、色んな関係者がワラワラと来ました。当時。(笑)
そして、2010年2月にビクターからデビューアルバム『クロなら結構です』がリリース!これも先程から話に挙がっているプロデューサーのヨシオカさんも一緒に制作されてますよね?
ユコ: はい、ずっと一緒です!今も!!
長いお付き合いのようですが、ヨシオカさんとはどのような方ですか?
ユコ: ん~と…ニックネームが“暴君”と言うんですけど、まさにその通りな方で…夢は「王様になる事」らしいです(笑)
一同: 爆笑
ゲイリー: 2006年の12月に『8otto』と対バンした時に初めて会ったんですね。
ユコ: 『8otto』のプロデュースをされていて、その時現場で会ったんです。…『8otto』が厳しく指導をされていたので、「あの人めっちゃ恐そうだからあんまり関わらんどこうな」って言ってたんですけど(笑)
ゲイリー: 『8otto』のメンバーとか顔にガムテープ貼られてベリッ!てやられてたから「あの人恐い!!」と…ちょっと避けてたんです(笑)
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そんな…どんな指導の仕方ですか!?(笑)
ゲイリー: そしたらライブ終わった後に「山ちゃん!」…当時僕の髪型が南海キャンディーズの山ちゃんに似てたんで…「山ちゃん!君、良いドラム叩くなぁ!!」って(笑)
ユコ: 「声掛けられたー!」「ヤバイ、捕まったー」ってwww
(笑)…なかなか面白い出会いですね(笑)
ゲイリー: いきなり「山ちゃん!」て呼ばれましたからねwww
(笑)…やはり厳しい方なんですか?
ユコ: 厳しいですけど、そんなムチャクチャな人じゃないです(笑)…確かにムチャクチャな所もあるんですけど、基本的にはちゃんとした方ですよ。
ゲイリー: 所謂、“暴君”という言葉から想像される感じでは無いですね(笑)…基本的には“愛の塊”のような方なんです。ただ、誤解されがちな感じで…。色んな人から敵にされがちで、色んな人を敵に回しちゃってるんです、実際(笑)
ちょっと損してる感じの人なんですね(笑)
ゲイリー: だいぶ損してます(笑)
いや、皆さんからもヨシオカさんへの愛が伝わってきますね!なるほど!!
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